海神と恋人 44※※ご注意※※
・世界観捏造
・キャラ崩壊
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テスラが連れて来た他の科学者達とも挨拶を交わした後、千栄理の持つ本が彼女が神たる所以だと聞いたテスラは、ひどく興味を持ったようで「是非、近くで見たい」という申し出をしてきた。自分以外の人間が触ると電気が走るから危ないと言って渋る千栄理に、テスラは明るく否定した。
「No,Non,Nem,Nein.そんなことは無い。それが電気であれば、科学で御せない訳は無いのだ」
「それが何であるかは実際に目にしてみないと分からないが。千栄理、少しだけその本を私に貸してくれないか」と尚も食い下がるテスラに、千栄理は押され気味になりながらも「でも……」とこちらも尚、渋る。もし、テスラに怪我を負わせるようなことがあれば、申し訳ないと思う上に相手はこの国を作ったと言っても良い人物だ。きっと後悔してもし切れない。先の『災害』のこともあり、彼女はこれ以上、誰かを傷付けるようなことをしたくなかった。渡そうか渡すまいか悩んでいる彼女の気配を察知したらしいグレムリン達がいつの間にかバッグから出てきて、彼女の肩に乗ってきた。見たことの無い生き物の姿を目にした各地区の代表達はグレムリン達の醜悪な見た目から「悪魔だ!」とざわつき始める。俄に騒がしくなった会議室内に構わず、テスラはぱあ、と表情を輝かせる。
「これは珍しい! 君はグレムリンを連れているのか!」
「え? は、はい。うちでお世話している子達なんです」
人間のやることに興味があるのだと言うと、「そうだろうな」と彼は納得する。
「グレムリンは20世紀に誕生した比較的新しい妖精だ。人間が作った物に興味を持ったことがきっかけで身近な存在になったと聞く。我々科学者にとっては有り難い妖精だよ」
「そうなんですか?」
「それにしても、君のグレムリン達は随分大人しいんだな」
テスラは以前、野生のグレムリンを見かけたことがあるらしいが、その時に見た彼らはとても粗野で動物的な行動が目立ち、ずる賢く、悪戯ばかりしていたようだ。肩に乗っているうちの一人の頭を指で優しく撫でながら千栄理は少し自慢げに微笑んだ。
「えへへ。この子達はある日突然、うちに来てからずっとこういった場ではお行儀良くするように勉強してきましたから」
「頑張ったもんね」と彼女がグレムリン達を褒めると、彼らは答えるようにうんうんと頷き、彼女の手に猫のように頭をぶつける勢いで擦り寄る。気まぐれな妖精が人間に懐くというのも珍しいことだ。神から特別な魔法を授かり、妖精を従わせている時点でだいぶ普通の人間ではないが、本人には自覚が無いらしい。
しかし、これは逆にチャンスなのではないかとテスラは思った。これで彼女が持っている力が魔法などではなく、科学だと証明できれば彼女は女神ではなく、ただの人間ということになる。彼女から女神という肩書きが消えれば、この一連の騒ぎも自然に収束していくだろう。自分のことしか考えていない身勝手な人間に利用されることも無い。そう思い、テスラは早速本を調べることにした。
結果として、科学の申し子、天才と言われるニコラ・テスラですら、本の解明には至らなかった。精々が全てルーン文字で記されていること、治癒の力が込められた呪文であるということ、千栄理以外の人間が触れようとすると電気に限りなく似た性質のものが流れ、まともに触れることすらできないということが分かっただけだった。
科学で説明できないとなっては、いよいよ千栄理の立場は危ういものとなってしまう。神というものは一見して人間にとって良い側面が多いように思えるが、その反面、というものもある。古代エジプトのツタンカーメン然り、日本であれば崇徳天皇然り、精神的に未熟で知識も浅い者を尊い地位に置くというのは、都合の良い傀儡になり得るということだ。始皇帝も幼君の一人だったが、彼のような力量と器を持ち合わせている人間というのは歴史上でも数える程にしかいない。極めて稀な例だろう。
数々の実験を施したテスラもその様子を見守っていたレオニダスと始皇帝も「まずいな」と直感していた。案の定、この会議に参加している者達皆がやはり彼女は人智を超えた存在なのだと持て囃し、自分の望みを叶えて貰おうと口々に提案の皮を被った希望を口にし始める。中には込み入った話もあり、千栄理には難しくて分からなかった。今まで政治に興味を持ったことの無い、どこか自分とは関係が無いと思っていた事柄に巻き込まれることは無かった千栄理だが、こうなってしまってはもう関係無いなどと言えない。彼女が真の女神だと分かり、興奮する代表達の表情や雰囲気が千栄理にとってはただただ恐ろしかった。傍らにいた始皇帝の陰に隠れ、怯える千栄理を見かねて、議長が「静粛にお願いします」と呼び掛けるも、なかなか静まらない。終いには彼女を庇っている始皇帝にも野次が飛び、呆れた彼が溜息を吐くばかりだ。
「何と醜悪な有様だろうか。千栄理にこんなものを見せたくは無かったのだが……」
飛んでくる野次から彼女を守るように始皇帝が一歩前へ出る。その行動が却って周りからの野次を助長させたが、それでも一向に構わないと言いたげに、始皇帝は千栄理を自分の背に隠した。
「やはり、あの二人は以前から繋がりがあったんだ! 議長、これは始皇帝殿が女神様を囲おうとしている証拠なのではないですか?」
誰かが言ったその言葉に、神経を逆撫でられた様子の始皇帝が微かな殺気を纏ったまま、ふ、と自嘲気味に笑んだ。
「何を言っているのやら。朕が千栄理を囲うなど……。できる訳が無い」
「……陛下?」
いつもと少し違う雰囲気を纏う始皇帝の背に千栄理は声を掛けてみるも、応えが返ってくることは無い。代わりに周りからは見えないように千栄理の手をそっと握るだけだった。その感触と体温に彼女も何か言うでもなく、少しだけ安心する。これから何があっても、この人は味方なのだなと思わせるものがあった。尚も喚いている皆に向かって、は毅然とした態度で相対し、「ならば――」と切り出した。
「そんなに女神を独占したい者が多いのならば、天に返すしか方法はあるまい。この者を巡って血が流されることだけは何としても避けねばならぬのだからな」
「うっ……」
「女神ならば、本来は天の世界にいるものだろう。なんら、おかしくはない。そして、千栄理。その時は二度とこの国に来るな」
「来るな」とは言うが、その口調はどこか千栄理に対する思いやりがある響きを持っていた。一方で女神が永遠にここへ訪れなくなると言われた一同は、それは本意ではないようで、彼の提案に誰もが口を噤んだ。そんな中、年配の女性がすっくと立ち、始皇帝の意見に賛同する。
「確かにそうね。争いの元になるなら、彼女はこの国に足を踏み入れるべきではない。けれど、私達もまた、彼女の癒やしの力が必要なの」
「そこで、どうかしら」と柔和な笑みを湛えたその女性はある提案をした。
「彼女がこの国に来た際には、中央区にいて頂くというのはどうです? ここは中立地区。どこの国にも所属していない唯一の地区です。彼女の身柄を特定の国で預かるよりはどこにも所属していない中央区に居て頂いた方が波風も立たないでしょう」
女性の意見に他の代表達も始皇帝も納得する。彼と共に話を聞いていたレオニダスもちらりと千栄理を一瞥してから言う。
「まぁ、確かに。それが妥当だな」
千栄理もこれ以上争いを生む原因にはなりたくないと思っていたので、「はい」と返事をした。