海神と恋人 47※※ご注意※※
・キャラ崩壊
・世界観捏造
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じっと見つめてくる始皇帝の視線から逃げるように千栄理は目を逸らして窓の外を見るように促すが、彼は「そなたはここに来る筈では無かったのだろう?」と可笑しそうに笑う。その言葉に千栄理は「むぅ……」と呻ったきり黙り込んでしまう。それを良いことに始皇帝は彼女の手を取って恋人繋ぎをしてしまった。それに気付かず、千栄理は彼の方へ顔を向け、微かに頬を赤らめてぼそりと呟く。
「陛下だって、意地悪です」
「…………んっふ……ふふ……」
いつもなら「好」と言いそうな場面だが、不意打ちだったらしい。始皇帝は空いている方の手で自身の顔を隠し、目を逸らす。そんなことを言う余裕すら無い始皇帝だったが、千栄理にはそうは見えなかったらしく、未だ繋いだ手に気付かずに「あ、そうやってお顔を隠すのはなしですよっ!」と指そうとしたところで、漸く繋がれた手に気が付いた。
「あっ、もうっ。陛下はまたこんなことして……」
「そなたは本当に……!」
愛しい。それだけが今、始皇帝の胸の内を支配している。しかし、彼の様子にいまいち気付いていない千栄理は「こっち向いて下さいっ!」と逃げようとする始皇帝に抗議するが、愛おしさでやられている彼には難しい注文だった。顔を隠している方の手を外そうと千栄理はその手を掴んで引き寄せる。不意に引っ張られたので、抵抗する暇も無く、始皇帝はされるがまま赤らんだ顔を見られた。今まで見たことの無い表情に、千栄理は殆ど無意識に口に出していた。
「な……んで、赤くなってるんですか?」
「――っ! そなたのせいであろう……っ」
それ以上、顔を見られたくない始皇帝はぐい、と千栄理の体を引き寄せて自分の胸に抱き寄せる。しかし、焦っていたので、密着すれば自分が緊張していると彼女に伝わってしまうことを失念していた。トクトクと速い鼓動を肌で感じて、始皇帝の熱が千栄理にも移ったように彼女の頬も赤くなる。どうして彼の鼓動がこんなに速いのかは彼女には分からなかったが、それ程までに自分のことを好いてくれているのだと思うと、嬉しいような恥ずかしいような気持ちになって照れてしまうのだった。
「へ、陛下……あの……」
「――嬴政」
「……はい?」
聞き慣れない単語に不思議に思った千栄理は思わず見上げ、始皇帝の顔を見た。彼は依然としてほんのり赤い顔のまま少し千栄理を放して向かい合い、もう一度同じ事を言う。
「嬴政。朕の名だ」
「嬴政、様?」
「そうだ。これからはその名で呼んで欲しい」
ここに彼の側近がいたら、今度こそ卒倒するような申し出なのだが、千栄理にとっては微妙な立ち位置だが、友人が名前で呼んで欲しいと言っているのと同じで、特別な意味は無く、ごく自然に互いの距離を縮める手段として当たり前のことを言っているのだと思った。彼を恋人にはできないが、友人としてならこれからも付き合いたいと思ったのもある。
「分かりました。嬴政様」
「……やはり、不好。思ったより、クるものがあるな」
「来る? 何が来るんですか?」
珍しく歯切れの悪い始皇帝を不思議に思い、千栄理は尚もその顔を覗き込もうとしたが、ふいと顔を逸らされてしまう。それでも見ようとすると、手で目を隠されてしまった。
「不好。不敬だぞ、千栄理」
「むぅ……。こんな時に権力を使うのは感心しませんよ」
「朕は皇帝だから許されるのだ」と得意気に笑う始皇帝。いつもの調子を取り戻してきた彼に、千栄理は呆れたように息を吐いた。誤魔化すように彼は違う話題を振る。
「そういえば、そなたは海神への土産を受け取りに来たのだったな。使いの者を呼ぶか?」
「いえ、正確にはお土産の内容を変更しに来たんです。前に来た時はネックレスにしたんですけど、ポセイドンさんに訊いたら、ネックレスよりピアスの方が良いってお話になったので」
「ふむ……それなら、朕が作らせようか?」
「え? で、でも、良いんですか? 陛下」
その時、「む……」と呟いて始皇帝は人差し指をぴっと立てた。そのまま千栄理の顔を指して一言だけ言う。
「嬴政」
「あっ、えっと……嬴政様」
「うむ。そなたが望むなら、最高級の物を用意しよう」
「あの、でしたら、不躾なお願いなんですが、私、お祈りを込めて宝石を二種類選んだんです。その……できたら、それを使って頂いた物を……」
「約束しよう。そなたの望みは叶えてやりたい」
好きな人が自分ではない男の為にと買った土産を自分が作る。一体、どういう気持ちで申し出てくれたのか、千栄理には分からなかったが、彼に悪いことをしているという自覚はあった。しかし、自分が謝るのもどうなのだろうと思ったが、彼の気持ちを利用しているのは同じだ。
「あの、嬴政様」
「ん? どうした?」
「その……こんなことを頼んでしまって、本当に申し訳ないです。私、あなたの気持ちを知っているのに……」
そう言うと、始皇帝はただ可笑しくてとも自嘲的とも取れるような笑い方をしたが、千栄理の手を掴んで引き寄せ、またキスを送る。今度は口端に。彼女が驚いて身を引くと、彼は悪戯っぽく微笑む。
「その言葉が貰えるということは、朕にもまだまだチャンスはあるということだな」
「なっ……! な、無いですっ!」
「照れるな、千栄理。そなたと朕の仲であろう?」と言って、始皇帝は席から立ち上がる。それに倣って千栄理も立つと、当然のように腰に手を当てて千栄理を見る始皇帝。その視線の意味に気付いた彼女が「組みませんよ」と言うと、彼は不満そうに頬を膨らませた。
展望台を出る際、千栄理の希望を聞いた始皇帝は帰ったら早速製作に入らせること、ギリシャの職人には上手く言っておく等、次に彼女が来るまでに全て滞りなく済ませられるよう手配してくれると約束をしてくれた。このことを伝える為、一時宮殿に帰ることになった彼を千栄理は中央区の入り口まで送っていくことにした。彼が帰ってしまうと、つまらなくなってしまうというのもある。そう言うと、始皇帝はとても嬉しそうに笑って「好!」とガッツポーズをした。こういうところは年相応の青年らしいなと彼女は思った。
展望台から一階の出口まではかなりの距離がある。その間、二人は連れ立って歩きながら色んな話をした。千栄理の出身や家族のこと、どういった学校に通っていたか等。対して始皇帝は自分の生い立ちや恩人である春燕のこと、皇帝という地位に就いてからのこと等を話して聞かせた。
「つまらない話だろう?」
「いえ、そんなことないです。そういえば、嬴政様。ここに来てからその春燕さんとは?」
千栄理の質問に始皇帝は首を振って答える。その答えに彼女は残念そうに「そうですか」と相槌を打った。元々身分も生まれた国も違うのだ。中国という一つの国として統一された後でも彼が皇帝である限り、そう簡単には会えないのだろうことは容易に想像できる。
「直接会うのが難しくても、ここでは皆共にいるも同然だ。もう二度と会えなくなった訳でもあるまい」
「でも、寂しく、ないですか……?」
「……少しな」
そんなことを話しているうちにいつの間にか出口の前まで着いていた。それに気が付くと、始皇帝は名残惜しげに千栄理を見つめていたが、それもほんの少しの間で、彼は「では、またな。千栄理。すぐ戻る」とだけ言って、外へ出て行った。彼の後ろ姿に手を振っていた千栄理は、彼の姿が見えなくなると仲へ戻ろうと踵を返す。しかし、背後から呼び止められた彼女は、振り返った。