海神と迷子 30※※ご注意※※
・キャラ崩壊
・オリジナル設定が羊の群れ
以上のことを踏まえて、それでも大丈夫という方は、次ページへどうぞ
城の中庭でポセイドンと千栄理は互いに手を取り合い、真剣な表情をしていた。千栄理の方は少し緊張も入っており、表情が固い。ポセイドンに促され、彼女は集中するように目を閉じた。
ふわりと彼女の周りに風が集まり、体が浮き始め、少しずつ上昇する。足が地面から離れたと感じた瞬間、千栄理は思わず目を開ける。視界が急に解放されたことで意識が視覚情報へ向いてしまい、前と同じようにバランスを崩しかけてしまう。
「わっ、わっ、わっ……!」
「手を放すな」
ポセイドンが千栄理の指と自分の指を絡ませて少し押してやると、前のめりになっていた彼女の体は押されたことでバランスを取り戻した。
「ありがとうございます」
「……さっきも言ったが、足だけでバランスを取ろうとするな。体幹で取れ。貴様の体に一本、芯が通っていると思え」
「は、はい!」
そのままの姿勢で、そうっと千栄理はポセイドンの手と自分の手を少しずつ放していき、やがて両手を放し、一人でバランスを取ろうとする。彼女は今、ポセイドンと共にヘルメスの靴を履きこなす練習をしていた。まだふらつきはするが、先程よりは一人で姿勢を保っていられる時間が長くなってきた。しかし、それは数瞬のことで、またすぐにバランスを崩し、今度は後ろに倒れそうになる。その度にポセイドンに引っ張られて何とか支えてもらっていた。
「先が思いやられる」
「ご、ごめんなさい……」
今日は何度か練習しているが、これ以上続けても消耗するだけだと千栄理の様子から察したポセイドンは、後一回やって終了すると言った。千栄理も賛成し、一旦、地面に降り立って、再度挑戦する。
集中するため、また目を閉じる彼女に悟られぬよう、ポセイドンは笑む。今後は目を閉じずとも、集中力を高められるようにせねばなと考えていると、また徐々に彼女の体は浮き始めた。そのまま見守っていると、少しずつ少しずつ上昇していき、ポセイドンと彼女の目線が合うくらいまで浮いた。ぱち、と目を開けた途端、初めて対等な位置で見た彼女の瞳に一瞬気を取られたポセイドンは、彼女の顔が近付いてきたことに気が付くのが遅れた。
「わっ、わっ……! わぁああっ!」
「!?」
気が付いた時には既に遅く、千栄理を受け止めようと差し出した手をすり抜けて、彼女はポセイドンの顔と胸目がけて飛び込んできた。ぶつかったと思うと同時に、唇に何か柔らかい感触があり、ポセイドンは咄嗟に千栄理を抱き締めて何とか支えた。
二人共、沈黙し、言葉を発することは無かった。否、できなかった。代わりにどちらのものともつかない心臓の鼓動が早鐘を打っている音だけが、お互いの肌を通じて分かった。
今起こったことを理解すると同時に、それだけが千栄理の脳内を占め、顔だけじゃなく、全身に火が点いたのではと思う程に恥ずかしい。熱を持つ頬を冷まそうと体を離そうとしたが、ポセイドンに後頭部をそっと支えられ、彼の方へ顔を向けさせられる。
「千栄理」
「あ…………」
また、今度は自らゆっくり近付いてくるポセイドンの顔に、何をするのか理解してしまった千栄理は、一瞬目を瞑ったかと思うと、ポセイドンの顔を手で縦に覆った。
「まっ……待って、待ってくださいっ。ポセイドンさん」
「………………………………なふぇだ」
千栄理の手の中で不満そうな声が上がるも、彼女は一旦落ち着こうと呼吸を整える。手は退かさずに、そのまま続けた。
「あ、あのっ、こういうのは、なし崩し的なのは、ダメだと思うんですっ。そもそも、私達、そういう関係じゃなくてですねっ。そ、そう! まだお互いの気持ちが分からないのに、こういうことはしちゃ……きゃぁああっ!? 掌舐めないでください!」
邪魔そうにぺろりと舐めて手を退かしたポセイドンは、そのまま彼女の手首を掴み、その細い手首にキスを落とす。
「だめか?」
じっと、千栄理を真っ直ぐ見つめるその瞳には、いつもと同じ澄んだ青を湛えているが、微かに熱っぽい色も見える。それが何を意味するのか、分からない訳ではなかった彼女は、だからこそ駄目だと断った。
「……だめ、です」
ふいとポセイドンから顔を逸らす千栄理に、ポセイドンは何も言わず、渋々と彼女を下ろす。漸く地面に足が着くと、千栄理は赤くなった顔を見られたくないと言うように手で覆ったまま、「ごめんなさい」と謝ってその場から走り去ってしまった。引き留めようかどうしようか、ポセイドンは右手を中途半端に上げたまま、彼女が走り去って行く後ろ姿をただただ見送るしかなかった。
「……………………何故だ」
ぽつんと一人残されたポセイドンは、先程までの表情から一転して、不機嫌に眉を寄せ、千栄理が去って行った方を睨んでいた。
「なんでっ!?」
一方で、オーディンの城では、玉座の間に呼ばれたロキが瞳を従えてオーディン、トールの二柱に先のポセイドンとの戦闘のことを咎められていた。
ギリシャ神とインド神、北欧神は多くの神や眷属で構成されており、各々の結束が強い。それ故、一度争いが起これば、ロキのような自由気ままな神と違って、主神間はなかなかに面倒なことになりかねない。一つ間違えば、神同士の戦争にまで発展する。それはある意味では大歓迎の神も少なくないが、多くの犠牲も出るだろう。それは互いに損はあっても、得は無く、できれば避けたいところだった。下界なら、いざしらず、天界を血で染めるようなことはしたくないのだろう。
今回も例に漏れず、ロキがポセイドンの神嫁に傷を付けたということで、ロキにはお叱りと罰を与え、ポセイドンには後日、詫びの品を贈ることになってしまったオーディンは、仕事は迅速に済ませようとロキを呼んだのだ。しかし、当の本人は玉座の真ん前の床で胡座をかき、その上に瞳を座らせて彼女の頭に顎を置いているという何ともふてぶてしい態度だ。そのままの恰好で唇を尖らせ、更に抗議する。
「なんでボクな訳!? ヘラクレスちゃんは?」
「ヘラクレスは人間共の街に手伝いに行ってて、手が離せねぇんだよ!」
「だからって、なんでそこでボクなの? 他に適役いるじゃん。同じ半端者同士の戦乙女達とか」
「あなたへの罰も兼ねていますからねぇ」
「はぁーっ! 出たよ、横着しちゃってさ。面倒だからって、そういう纏め方する? 普通。ねぇ、瞳。オジ様達ってば、酷いよねぇ〜」
「自業自得かと」
「え〜? 何て言ったのぉ〜? よく聞こえなかったなぁ〜」
「いひゃいれす」
ぐにい、と瞳の両頬を引っ張るロキに、オーディンが口を開く。
「いつまでその下らぬ遊びをしている」
ぴたり、とロキの動きが止まる。オーディンは見るに堪えないとでも言いたげに瞳へ冷たい視線を投げるが、彼女は全く意に介さない。言われたロキは彼女をぎゅっと抱き締め、オーディンを睨む。
「オジ様には関係無いじゃん」
睨み合いになるかと思ったが、初めから付き合う気の無いロキは瞳を抱き締めたまま、立ち上がり、「じゃあ、ボクもう行くから」とその場から立ち去ろうとする。しかし、トールに肩を掴まれ、それは叶わなかった。
「なに?」
「最後まで聞け。お前の態度次第では、罰が軽くなる」
「そもそも、なんでボクが悪いことになってるの? 先にケンカ売ってきたのは、あっちなんだけど」
「どちらにせよ、下らぬ理由でポセイドンの神嫁に傷を付けたことは事実だ」
「下らない……?」
静かに振られた閃光をトールは片手でいなす。幸い彼の手には傷一つ付いていない。しかし、ロキの武器をいなした手が僅かに震えているところを見ると、衝撃は逃がし切れなかったようだ。防がれたことは意に介さず、ロキは一言のみ告げる。
「次言ったら、殺すから」
「………………罰は重くなるぞ」
「え? あ……」
トールに言われ、オーディンの方を見たロキは、少しだけ後悔した。