海神と迷子? 3※※ご注意※※
・キャラ崩壊
・オリジナル扱いのギリシャ神様
・オリジナル設定の嵐
以上のことを踏まえて、それでも大丈夫という方は、次のページへどうぞ。
あれから三日が経過し、アスクレピオスの見立てよりも一日早く回復したポセイドンは、完治したばかりだというのに何かと理由を付けては千栄理の様子を見に来ていた。彼がアスクレピオスの診療所に来ると、他の種族や人間達が怖がって近寄らなくなるので、正直経営者であるアスクレピオスは勘弁して欲しいと思っていたが。
千栄理は相も変わらず言葉を話せず、指一本すら動かせなかったが、ポセイドンが来ると、嬉しそうに表情を緩ませ、言葉にならないながらも会話をしようとする。ポセイドンはそんな彼女へ微笑みかけて時折頷いたり、短い相槌を打ったりして聞いているようだった。彼女の額に触れる手つきも表情や語調と同じく優しい。
しかし、看護師やアスクレピオスが彼女の様子を見に来ると、ポセイドンはさっと手を引っ込め、何でも無いような顔をして、持って来ていた本へ目を落としてしまうので、やって来た神々は、つんとしているポセイドンを一瞥してから千栄理へ「大変ね」と言うように苦笑いを浮かべて去って行く。彼女にはそれが何だか面白くて仕方ないようだった。
千栄理の体力も戻ってきたので、今日の午後に解呪をお願いしてみるとアスクレピオスはポセイドンへ伝えると、彼は「そうか」とだけ言って、再び読書へ戻る。今日行うことは先方に伝えていたが、時間は決めていなかった。先方から午後なら予定が空くということですかさず、アスクレピオスが解呪を願い出たという訳だ。アスクレピオスが出て行くのを見届けると、ポセイドンは再び千栄理の手を握ってぽつりと零す。
「解呪の時は余も傍にいる。何も不安に思うことは無い」
「……あぃっ」
やはりあの強烈な痛みを思い出したらしい千栄理は、どこか不安そうな表情を浮かべながらも、ポセイドンに応えるように微かに笑んだ。
痛みできっと吐き戻してしまうからとアスクレピオスの判断で、昼食は食べずに千栄理はポセイドンと共にゼウスを待っていた。個室の無い小さな診療所なので、解呪を行うのは大部屋だったが、幸い入院患者は千栄理しかいないので、移動することは無い。往診に来る患者達に迷惑をかけないよう、アスクレピオスの協力の下、午後は休診となった。
アスクレピオス、ゼウス、ヘルメス、ロキが来ると、それまで静かだった病室に活気が出て、それと反比例するようにポセイドンの機嫌は悪くなっていった。それを目敏く見付けたロキが早速からかう。
「なになに〜? ポセイドンさんってば、千栄理との時間邪魔されて機嫌悪いのぉ〜?」
「そうだ」
あっさりと肯定されて、一同は呆気に取られた。皆一様にぽかんと口を開けてポセイドンを見つめる。当の本人は腕組みをして苛立ちを顕にし、解呪はまだかと言いたげだ。その開き直った態度に、一同は言葉にしなかったものの、「え? まさか本当の嫁にしたの?」と顔に書いてあった。
そんなやり取りをしている間に解呪の要を担う最後の神が到着し、病室に入って来た。
「解呪は相当のエネルギーが発生するが、本当にここでやるのか?」
病室の壁を指でこんこんと叩き、こちらへ疑いの眼差しを向けてくるその男神に、ポセイドンは同じような表情で「千栄理の為だ」とだけ言う。彼女の体力を温存する為、あまり移動はしたくない故だった。最後の神ハデスは改めて千栄理のベッドに近付き、彼女の状態を見る。ハデスの目にも、やはりゼウスと同じように呪いが幾重にも巻き付いているように見えた。下手をすると、一晩はかかりそうな様相に、ハデスは顔色一つ変えずに弟二柱を手招きし、病室から一時退室した。
周りに誰もいないことを確かめると、ハデスは今一度、ポセイドンに確認した。
「今回の解呪にはエネルギーもだが、時間も掛かる。ポセイドン、本当にあの娘を救い出すつもりか?」
「……何度も言わせるな。今更、何を躊躇う」
迷いは無いポセイドンに、ハデスは少し考え、やがてゆっくり口を開く。
「はっきり言うが、余はあのような手間を掛けてまで救い出す程の娘には思えぬ。聞けば、ポセイドン。これまであの娘を何度も助けているようだが、神の手を煩わせる脆弱な人間など、本当に必要なのか?」
「ハデス、何もそこまで言うこと無いじゃろう。それこそ今更じゃ」
「余には……」
いつものようにそれまで黙っていたポセイドンは、徐に口を開く。真っ直ぐ二柱を見据え、はっきりと口にした。
「余にはあの娘が必要だ。あの娘……千栄理でなければならぬ」
今まで何かを欲したことが殆ど無かった兄とは思えぬ発言にゼウスは驚き、彼を凝視した。ポセイドンの言葉を聞き、ハデスは何か思案しているようだったが、納得したように一度だけ頷いた。やはりな、と彼の返答を読んでいたかのように微笑む。
「お前がそこまで言うのなら、あの娘にはそれだけの価値があった、という訳だな。良かろう。ならば、余も手を貸す」
あまりの切り替えの早さに何か閃いたのか、ポセイドンはむっとした表情を浮かべる。
「……試したのか。くだらぬことを」
「助けた後で、やはり要らぬと言われても困るからな」
ふ、と勝気な笑みを浮かべて病室へ戻るハデスと彼に伴うゼウス。その後ろ姿に、ポセイドンはぽつりと呟いた。
「そのようなこと、有り得ぬ」
ギリシャ神達の話がまとまり、いよいよ解呪に取り掛かろうと、ハデスは上着を脱いで隣のベッドに放る。上着の下から現れた逞しい手にはいつの間に持っていたのか、二叉の槍が握られていた。刃を天井に向けている。千栄理の寝ているベッドを取り囲むようにゼウスは窓際、ポセイドンは千栄理のすぐ隣、ハデスとロキは千栄理の前に立つ。ヘルメスとアスクレピオスは万が一の時に備えて少し下がって待機していた。四柱の神が協力しなければならない程の呪いなのかと、千栄理は不安げな表情を浮かべるも、すぐ傍にポセイドンがいてくれるので、何とか気持ちを落ち着かせることができた。
「あまり長い時間は掛けられん。早急に根を抜く。ロキ、案内は任せたぞ」
「OK。任せといて」
不安そうな千栄理を見て、ロキが簡単に説明する。これからゼウスの力で千栄理に掛けられた呪いを開くのだという。本来、呪いとはしっかりと準備をし、正しい手順で行えば、必ず解けるものだが、今回の呪いはそう簡単に行くものではなく、一度、絡まっている呪いを可視化させなければならないのだそうだ。呪いの可視化を「開く」と言うらしい。
開かれた呪いは何らかの形を取り、掛かっている者を縛る。これが激痛の原因となり、後はその縛っているものを解いていけばいいようだが、相手はベルゼブブだ。何が仕掛けられているのか、分からない。そこで悪魔の知識を持つロキが不測の事態に備えて、助言役兼案内役としているという訳だ。
「大丈夫だって。ボクもいるし、ジジ様やポセイドンさん達もいるんだからさ」
「だから、安心してなよ」と以前とは全く違う、穏やかな表情のロキに、千栄理は少し驚くと同時にざわついていた心が少し落ち着いて微かに笑みを零す。何より、ずっとポセイドンが手を握ってくれていることが、彼女にとって何よりも心強いものだった。
ハデスはバイデントを、ロキは鎖鎌を構え、ゼウスに「始めろ」と声を掛ける。
「大丈夫じゃよ、千栄理ちゃん。冥界の王と狡知の坊主が行くんじゃ、必ず解ける」
この中で唯一、和やかに微笑むゼウスに千栄理は頷き、静かに目を閉じてポセイドンと繋いでいる手に強く力を込める。
「では、始めるぞい」
両手を千栄理の方へ掲げたゼウスの合図で、ハデスとロキは身構え、ポセイドンは千栄理の手を握る手に少しだけ力を入れる。ゼウスの手に橙色の温かい光が纏い始めると、千栄理の周りに同じ光と風が生じ始める。徐々にゼウスの手の中に集まった光が大きくなっていき、やがて彼がその中心に両の指を食い込ませて左右に割り開く。割れた光は人一人が通れる程の輪になったのを見ると、ゼウスは「今じゃ!」とハデス達に呼び掛けた。