海神と恋人 4※※ご注意※※
・キャラ崩壊
・ヘイムダルとロキの仲があんまり良くない
・他の夢ちゃんがいる
以上のことを踏まえて、それでも大丈夫という方は、次のページへどうぞ
底が浅かったお陰で何とか自力で岸に上がり、鞄の中にいたグレムリン達と瞳に持って来たタオルを差し出された千栄理は、礼を言って濡れた顔を拭く。化粧が落ちてしまったが、戻って直す訳にもいかず、見苦しくない程度に拭いた。千栄理を落とした張本人のロキは「大丈夫ぅ〜?」とにやにや笑ってわざとらしく問うてくる。その表情に流石の千栄理もむっとした表情で抗議する。
「ロキさんのせいじゃないですか!」
「えー、自分で勝手に落ちたんじゃん。バランス取れない方が悪くない?」
「ロキ様、千栄理さんを乾かして差し上げては?」
「え〜」
「ロキ様の責任かと」
「……しょーがないな〜」
面倒そうに言いつつも、ロキは風を起こして千栄理の全身を乾かしてやる。「ありがとうございます」とにこやかに礼を言う千栄理の顔に、ロキは瞳から奪ったタオルを投げつけた。
「これに懲りたら、次は頑張りなよ」
「んぶっ!? 何するんですか! もうっ!」
「あっは、変な顔〜」
怒る千栄理を愉快そうに眺めて、「ん」とロキは再度手を差し伸べる。その意図を理解した千栄理は、未だ少し怒りながらも、「次は落とさないでくださいよ」と言って手を取った。
「それはキミの体幹の問題でしょ」
ぐい、とまた宙へ引っ張ってロキは先へ進んだ。
あれから三度落ちてしまったが、何とかヘイムダルの住む塔へと千栄理は辿り着いた。石造りの簡素な塔の前にロキは滑らかに着地する。
「とうちゃーく」
「……ロキさん」
「ん? なに?」
「……やっぱり全然違うじゃないですか! ベルゼブブさんのお家をヘイムダルさんのお家だなんて言って!」
「え、おっそ」
以前、騙されたことに対して今更怒り出す千栄理に、ロキは悪びれることも無く、それどころか、あまりの鈍さに若干引いている。こちらを睨む千栄理には構わず、ロキはぐいと呼び鈴の鎖を引いた。がんがんと甲高い鐘の音がし、思わず二人と一柱、グレムリン達は耳を塞ぐ。
「相変わらず、無駄にうっさ!」
すぐに塔内からばたばたと慌ただしい足音が聞こえてきて、性急に扉が開けられる。中から現れたのは、真っ黒な金属の仮面を被った細身の男神だった。目の辺りだけが赤く塗られており、まるでゴーグルを仮面の上から付けているように見えるが、紫のフードから微かに覗く生え際と仮面の部分は明らかに繋がっている。仮面ではなく、これが彼の素顔なのだと千栄理は些か驚いた。男神ヘイムダルは扉のノブを支点にして、片腕の力だけでぐいと身を乗り出し口を開く。
「誰だ? って。なんだ、ロキかよ」
「ひどくない? その反応。折角、ヘイムダルくんが気になってた人間連れて来たのにさ〜。という訳で、瞳、千栄理、帰ろ帰ろ」
ぐいぐい千栄理達の背中を押して立ち去ろうとするロキだが、千栄理に止められる。
「だめですよ、ロキさん。何の為にここまで来たんですか?」
「練習の為じゃない?」
「パンを届けに来たんですよ!」
「そんなの、知ってるしぃ〜。なにムキになってんの〜?」
「〜〜〜〜っ! や、め、て、く、だ、さ、い〜!」
ぐりぐりと頬に人差し指を押し付けてくるロキに、千栄理は非力ながらも抵抗する。じゃれ合っている彼らの光景にヘイムダルは「オレ、何見せられてんの?」と思いながらも、先程ロキが言った言葉に首を傾げる。
「オレが気になってた人間ってなんだよ」
それを受けてロキはヘイムダルに近づき、何やら耳打ちする。押し付けられた方の頬を摩っている千栄理を見て、ヘイムダルは驚愕の叫びを上げた。その声があまりにも煩かったので、一柱と二人はまた耳を塞ぐ。
「うっさいって!」
「うぅ〜……」
「近所迷惑にも程がありますね」
彼らの様子にヘイムダルは謝りつつ、千栄理に話を聞きたいと言い出した。
「私に、ですか?」
「そりゃもちろん! あんたのことは皆気になってんだぜ。ここじゃなんだ、中に入ってくれよ。むさ苦しいとこだが、茶くらい出すから」
「え? で、でも、私、配達が……え? えぇぇぇ……」
ヘイムダルに背中をぐいぐい押され、千栄理は塔の中へ入って行く。それを黙って見送ったロキは瞳に抱きついた。
「じゃあ、ボク達は邪魔しちゃうだろうから、帰ろっか。瞳」
「お前は仕事あんだろうが」
くるりと踵を返したところで、戻って来たヘイムダルに肩を掴まれ、ロキ達も半ば強制的に参加することとなった。「きゃ〜、人攫い〜!」と悪ふざけをするロキに、ヘイムダルは「人聞きの悪いこと言うなっ!」と怒りつつ、玄関扉を閉める。
「ちょっと! 用があるのはあの子だけでしょ!? なんでボクらまで一緒にいないといけないワケ!?」
「お前、オレが何も聞いてないとでも思ってんのか? 千栄理を守んのがお前の仕事だろ、ロキ」
「仕事じゃないし、罰だし」
「いや、何開き直ってんの。余計ダメだろ。ほら、奥に行った行った」
「ちょっと、押さないでよぉ~」
未だロキは駄々をこねていたが、そんなことをいちいち聞いていたら、日が暮れると言いたげにヘイムダルは奥へロキと瞳を押す。文句を言い続けるロキを彼は「はいはい」とか「菓子もあるから」などと言って宥めすかしながら人一人分しか通れない石の階段を上るよう促し、千栄理が待つ居間へ通した。
「だって、ヘイムダルの家狭いんだもんっ!」
「他人の家にケチ付けんじゃねぇよっ! 元々見張り台だったんだからしょうがねぇだろうが!」
「煩いです」
「け、ケンカは良くないですよ」
瞳越しに口喧嘩をしながら入って来たロキとヘイムダルに、恐る恐るといった様子で千栄理が仲裁に入るも、ロキに黙ってろと言われ、すごすごと身を引いた。やっと二柱から離れた瞳に「ロキ様はいつもああいう感じなので、気にする必要は無いです」と慰められる。
「そうなの?」
「はい。ヘイムダル様にお会いした時は特に」
「仲悪いのかなぁ」
「ケンカ友達のようなものなのではないでしょうか」
「友達じゃないからっ! しょうがないから座ってやるけどさぁ、不味いお茶なんか出したら、許さないからね! ヘイムダル!」
「へいへい。ったく、いちいち煩ぇ奴だな……」
「何か言ったっ!?」
「何も言ってねぇよ」
未だぶつぶつと文句を言いながらも、表面が滑らかな石が敷き詰められた居間の殆どを占領しているテーブルをぐるりと奥へ遠回りをして、キッチンへ入って行くヘイムダル。彼の姿が見えなくなると、ロキは椅子の背もたれに身を預け、テーブルの角に足を掛けてゆらゆら揺れ始める。テーブルと壁との間が狭いので、非常に邪魔で危なっかしい。行儀が悪いので、注意した方が良いのか逡巡した千栄理だが、結局我慢できずに優しく諭すように言った。
「あの、ロキさん」
「何?」
「お行儀が悪いので、足は下ろした方が……」
「キミってさぁ、ほんとそういうとこ生意気だよね。ボクが仲良くしてやってるからって、ちょっと調子乗ってない?」
揺れるのを止めてじっとりとこちらを睨むロキに、千栄理はそれ以上話すことを許されていない空気を感じ取ったが、それでも彼女は自分の思ったことをぶつける。日常会話に神も人間も関係無い。彼女はロキとも対等に話したいと思っていた。
「わ、私達はもう……お友達、ですから。だから、ロキさんや瞳ちゃんがいけないと思ったことをした時は注意します。私は、お二人のこと、もうお友達だと思っているので」
『お友達』という単語に、一瞬ロキはきょとんとした顔をしていたかと思うと、堪え切れないと言うように噴き出して笑った。その笑い声に訝しげにヘイムダルが戻って来る。一頻り笑った後、真顔になったロキは一言放った。
「バッカじゃないの?」