海神と恋人 40※※ご注意※※
・キャラ崩壊
それでも大丈夫という方は、次ページへどうぞ
説明を終えると、ポセイドンは未だ少しだけ不満そうに唇をきゅっと引き結んでいたが、渋々と納得はしてくれたようだった。千栄理が着ていた漢服は始皇帝の歓迎の意味が込められた物で、特別な意味は無いと知ると、「次は余がもっと良い物を贈る」とだけ言って話は終わった。そこでポセイドンへの土産のことを思い出した千栄理は、恐る恐る彼に人間達の街の様子を訊いてみる。
「なんだ、まだ未練があるのか?」
ギロリとまた殺意に満ち満ちた目を向けてくる彼に怯えながらも、千栄理は今度こそちゃんと伝えなくてはと、ぐっと覚悟を決める。
「違います。私、あの時、ポセイドンさんにお土産を注文したんです」
「………………土産?」
ふ、と一瞬にして殺意が消え、少しだけ期待が含まれた眼差しになるポセイドン。それを好機と見た千栄理は、自信満々に頷いて続ける。
「最初はネックレスとイヤリングで迷ったんですけど、私とお揃いのにしようと思って、ネックレスを注文したんです。でも、考えてみれば戦う時に邪魔になっちゃいますか?」
「――ならば、ピアスにしろ」
『ピアス』という思いがけない単語に千栄理は「はぇっ!?」と頓狂な声を上げる。ピアス。流石に意味は分かるが、それを贈ることを考えると、だいぶ重い選択肢だと思った。
「で、でも、ポセイドンさん。今までピアスを着けたことって――」
「無い」
「穴を空けちゃうんですよ!? 耳に! それも両方!」
「そのようだな。だから、お前の手で空けろ」
何故そうなるのか。信じられない言葉に千栄理は自分の耳を疑ったが、残念なことに言い間違いなど無く、本当に彼女の手でピアス穴を空けて欲しいとポセイドンは言った。
「…………私も空けたこと無いです」
「余と同じではないか」
「だから、怖いです」
「余がついている」
「絶対痛いですよ?」
「大した傷ではないだろう。余はその程度、耐えられる」
「うぅ?……でもぉ…………」
「気が進まぬか?」
「…………はい」
ファッションの為とはいえ、やはり大切な恋人の耳に穴を開けるという行為は、万一手元が狂ったらどうしようという思いもあり、痛みが必ずある行為故に多少の罪悪感も伴う。でも、同時に大切な恋人の頼みでもあるのだ。できるなら、叶えたいと千栄理は思った。
それからたっぷり悩んだ後、「分かりました」と千栄理は少し不安そうな顔をしながらも、了承した。彼女が決めると、ポセイドンは嬉しそうに微笑む。
「でも、神様用のピアッサーってあるんでしょうか?」
「………………この槍で――」
「ダメですよ。危ないです。ヘルメスさんに訊いてみますから」
自分の手元に愛用の槍を召喚したポセイドンを慌てて千栄理は止める。この重そうな槍で耳朶なんて突いたら、耳が無くなってしまいそうだ。少し待っているように念を押してから千栄理は自分のスマホを荷物の中から出してきて、ヘルメスに電話を掛けた。ワンコール鳴らないうちにヘルメスが出たので、千栄理は少々驚きながらも応対する。
「はい。こちら、ヘルメスです。何か御用でしょうか、千栄理さん」
「わっ、あ、ヘルメスさん。今お時間大丈夫ですか?」
「ふふ。ええ、大丈夫ですよ」
「良かったです。あの、神様用の物のことで相談がありまして」
「おや。また何かご入用の物でも?」
「はい。神様用のピアッサーって、ありますか?」
暫しの沈黙。「失礼致します」と断ったヘルメスは少し電話口から離れ、何度か深呼吸をしているようだった。それが終わると、実に爽やかな声で「ええ。ございますよ」といくつか商品を扱っている店の名前を教えてくれた。
「先程、挙げた名前の店全てに公式ホームページがありますので、そこでどんな商品があるのかご確認できますよ」
「ありがとうございます。早速、調べてみますね。お忙しい中、お時間を割いて頂き、ありがとうございました」
「いえいえ。千栄理さんのお願いが大変良かったので、こちらこそお礼を言いたいくらいですよ」
「? そうなんですか? でも、ありがとうございました。ヘルメスさん」
「ええ。また何かあれば、気兼ねなくお電話してくださいね」
「はい、ありがとうございました。では、失礼します」
電話を切った千栄理の背後にいつの間にか近付いていたポセイドンは、そのまま少々むすっとした顔で彼女を抱き締めながら画面を覗き込んでいる。やきもち焼きな彼の機嫌を取ろうと千栄理は苦笑し、「教えて頂いたお店を調べるところです」と笑顔で言った。
「針ではダメなのか?」
「ポセイドンさん。私の大事な神様なんですから、あんまり粗末に扱わないでください」
千栄理も彼と同じようにむすっとした顔で言うと、ポセイドンは数回瞬きをした後、しみじみと噛み締めるように口元に笑みを浮かべる。褒められて照れる子供のような表情のポセイドンを見て、却って千栄理の方が照れてしまった。
それからどこのピアッサーが良いのか、ピアスはどんなデザインが良いのか、注文した時の石はどんな物だったか等々、ソファに座って相談しているうちに千栄理とポセイドンはもうすっかり以前のような仲の良い恋人同士に戻っていた。
「ヘマタイトとラピスラズリ、か」
「はい。二つまで選べるので、石の説明を見て、これが良いかなって」
「何故、それにした?」
何気ないポセイドンの質問に、千栄理は少し恥ずかしそうにもじもじしていたが、ポセイドンと目を合わせてからぽそりと小さく呟く。
「前にポセイドンさんが私に贈ってくれたこのネックレスみたいに、私もお守りを贈りたいと思ったんです。もし、またポセイドンさんが戦うことになっても、無事に帰って来られるように」
その言葉を聞くと、ポセイドンは自分の胸の辺りが唐突にきゅう、と締め付けられるような、くすぐられるような感覚がしたことに、一瞬不思議でならなかったが、すぐにそれが彼女に対する愛しさだと思い至る。痛みにも似たそれは他の者から与えられたものであれば、真っ先に串刺しにしているだろうことは容易に想像できる。それが千栄理から与えられたとあっては、嫌な気分にならない。ここまで彼女を愛しているとあっては、そのうち自分の弱みになってしまうのではないかと思ったポセイドンだったが、それもすぐに思考を切り替える。
弱みになるのなら、ならないよう自分が彼女を守れば良い。それだけのことだ。以前の自分だったら、「余が雑魚相手に傷を作るとでも?」と言って即刻断っていただろうなと苦笑しつつ、ポセイドンは「楽しみにしている」と言って小さな彼女を抱き締めた。
ヘマタイトはその昔、戦場へ赴く人々に贈られた魔除けのお守りです、という説明を読んでポセイドンに贈るなら、これが良いなと千栄理は思った。いつも大切な神々や自分の為に戦ってくれる彼のことを思うと、自分にも彼を守ることができたらと千栄理は思った。自ら戦う力は無くても、せめて祈りを捧げるくらいはしたい。この思いが彼を守ってくれれば、それが私の幸せ。その思いを大事にしてもう一つ選んだのは、ラピスラズリだ。深い藍色の石の中に金箔のような模様が散りばめられたそれを見て、ポセイドンみたいな石だと思った。説明を見ると、幸福を呼ぶ石と書いてある。今でも私は十分幸せだ。だから、ポセイドンさんのところにも沢山幸せが舞い込んでくるように。そんな願いを込めて千栄理は迷わずその石を選んだ。
でも、それを素直に言うのは何だか気恥ずかしくて、柄にも無くもじもじしてしまったけれど、言えて良かったと千栄理は思うのだった。