海神と恋人 43※※ご注意※※
・キャラ崩壊(特に始皇帝)
・世界観捏造
それでも大丈夫という方は、次ページへどうぞ
「あの、最初にはっきりしておかなくちゃいけないと思うので、宣言します。私は……皆さんの仰っている『女神』ではありません」
会議が始まってすぐに「初めに言っておきたいことがあります」と言う千栄理の主張を尊重し、議長はこの発言を許したが、ざわざわと場が騒然となることを予想していた彼女の意に反して、会議室内は依然として好き勝手な話し合いが展開されている。まるで、自分の存在などいないかのように、各地区の領主達は口々に己の主張をしていた。
「女神様には是非、我が地区にお留まりを……」
「いや、我が地区で慈善活動をして頂きたい」
「それはうちだろう! 貧しい子供達は医者に診てももらえないんだぞ!」
「あの……皆さん。私の話を……」
「では、こういうのは如何です? 女神様に関して新たに助成金制度を――」
「生前から金をばら撒いて国民を騙すのが得意ですなぁ! お宅は!」
「今のは侮辱ではっ!? 議長! ご判断を頂きたい!」
「ですが、このまま彼女を放置していては混乱を招く原因になるのでは? それだったら、いっそ――」
「そのような発言は慎み給え。そちらの品位に関わることになるぞ」
「聞いて……ください……。私は…………」
誰も、千栄理の話など聞いてくれない。彼女の宣言も意思も全く無視して、ただ自分達が得することしか話さない人々に、千栄理はどうしたらいいのか分からなくなってしまった。何故、自分がここにいるのかもよく分からなくなる。自分は、皆が思っているような女神ではない。ただそれだけを伝えたいだけなのに。困り果てて思わず始皇帝を見るも、彼は今度は身動き一つしない。それどころか、千栄理がどう出るのか見定めようとしているように口元に微笑を浮かべたまま、成り行きを見守っていた。始皇帝は助けてくれない。何故かは分からないが、今回はあまり頼りにしてはいけないのかもしれないと思った千栄理は、戸惑いつつも再度皆に呼び掛けようと口を開きかけた時だった。
「見ちゃいられねぇな」
ぐい、と強引に肩を引き寄せられる。上の方から男の声がしてそちらを見上げると、そこには先程千栄理を睨んだレオニダス王がいた。いつの間にか火の点いた葉巻を咥えており、癖のある香りが千栄理の鼻孔を刺激した。少し吸い、吐き出すとレオニダスは会議室全体に響き渡る程の大声で呼び掛けた。
「てめぇら、今の聞いてたかっ? この嬢ちゃんは神じゃねぇんだとよ。――こんな何も知らねぇようなお嬢ちゃん捕まえて、好き勝手なこと言いやがって。相変わらず胸くそ悪ぃ連中だな」
言葉は乱暴な上、全地区の領主達を敵に回すような発言だが、庇ってくれているのだろうかと千栄理は思った。レオニダスの発言に何人かの領主達が「何だと!?」と色めき立つ。中には「出て行け!」と怒りを露にしている領主もいる。先程とは打って変わって、皆がレオニダスに注目する中、当の本人は始皇帝へ無遠慮な視線を投げつける。
「おい、中華の小僧」
「頭が高い。朕は小僧ではないぞ」
「どうでもいいだろうが。それより、てめぇが惚れた女が困ってんのに手も貸さねぇってのは、どういう了見だ」
そっと千栄理を放したレオニダスは今度は始皇帝を睨む。一方で、睨まれた始皇帝はやはりにっと笑って言った。
「千栄理がこの場をどう収めるか興味があったが、未だその器には達していないようだ」
「助けるつもりが無かった訳ではない」とあっさり言ってのける始皇帝に、レオニダスはやはり少し渋い顔をした。それに構わず、立ち上がった始皇帝はゆっくりとこちらへ近付いてくる。
「流石に今すぐ朕の妃とは言わないが、いずれはそなたを迎えたいと思っている。今後の成長が楽しみだな、千栄理」
千栄理の前まで来ると、その手を取って指先に軽く口付ける始皇帝。突然の愛情が込められた行動に、千栄理は戸惑ってあらぬ方向へ視線を彷徨わせていたかと思うと、傍らのレオニダスへ困ったような目を向ける。
「え? え? あの……」
「おい。嬢ちゃん、困ってんじゃねぇか。お前ら、そういう関係じゃねぇんだろ?」
「今はな。いずれはそうなる」
「いや、ならねぇだろ」
「ならないです。私にはポセイドンさんがいますので」
「むぅ。手強いなぁ、そなたは」
そうは言うが、どことなく上機嫌な始皇帝を見て千栄理は益々戸惑うばかりだった。一体、何がそんなに面白いのかと問いかけてみたくなるが、あまり興味を持っていることを悟られると勘違いをされてしまうかもしれないと少しだけ警戒する。そんな彼女にレオニダスは納得したように呟いた。
「ポセイドン、ねぇ。なるほど。だから、『アムピトリテ』か」
「はい?」
不思議そうな顔をして見てくる千栄理にレオニダスは「お嬢ちゃんが呼ばれてる神としての名だがな」と前置きしてから簡単に説明してくれる。
「海神ポセイドンの嫁だからってんで、今やお嬢ちゃんはアムピトリテ扱いだ。別に海を半分統治してる訳でもねぇのにな。その原因ってのは、何だか分かってんのか?」
レオニダスの問いに千栄理は自分のバッグからオーディンに貰った本を取り出す。
「……これが原因だと、思います」
「見せてみろ」
言われるがままに千栄理はレオニダスへ本を差し出す。彼が本に触れようとした途端、バチッと彼の手を振り払うように電撃が走った。自分以外の人間に本を触らせたことの無かった彼女は、その様に驚き、慌てて本を引っ込ませる。
「す、すみませんっ。お怪我は!?」
「いや、大したこと無ぇ。ちょっと静電気食らったくらいだな」
「ええ? バチッていいましたよ!?」
「千栄理、朕も触りたいぞ」
「危ないですから、ダメですよ。陛下」
自分だけ何だか除け者にされたように感じた始皇帝はまた「むぅ」とむくれてみせるが、他人が触れると電気が走ると分かっている物を皇帝に近付ける訳にいかない千栄理は、当然拒否した。「今日のそなたは意地悪だな」と尚も千栄理に絡もうとした始皇帝を止めつつ、レオニダスは議長を振り返る。
「で、だ。まずはこのお嬢ちゃんが神か、そうでないか証明する必要があんだろ?」
議長はその問いに「そうですね」と同意し、次いで自分の秘書へ目を向ける。
「テスラ博士はまだ着きませんか?」
「先程、到着したと連絡は来ていたのですが……」
秘書が訝しげな顔をしていると、丁度その時、千栄理が入って来た方のドアが派手に開かれ、一風変わった格好の集団が入ってきた。その先頭に立つ一際、端正な顔立ちの若い男が口を開く。
「申し訳ない。思索に夢中で遅くなってしまった。それで、件の女神とやらはどちらに?」
「ああ、良かった。ニコラ・テスラ博士。女神様はこちらにいらっしゃる女性ですよ」
「あなたがいなければ、何も始まりません」と安堵する議長に「では、失礼」と断りを入れてから、テスラは千栄理の前まで近付いて手を差し出した。
「初めまして、私はニコラ・テスラ。今回、君の女神としての証明を担当する者だよ」
「ニコラ・テスラ……って、あのニコラ・テスラさんですかっ!?」
「有名人だ!」と騒ぐ千栄理にテスラは少々面食らったようだが、その少女のような無邪気な振る舞いに思わず笑みが溢れる。その柔らかな微笑みを見て、人前ではしゃいでしまったことに気付いた千栄理は、微かに頬を赤らめて恥ずかしさを誤魔化す為に服の裾をちょいちょいと直す振りをした。次いで千栄理も名乗ってぺこりと頭を下げてから握手に応じる。
「よ、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
「……朕の時はあのようなことはしなかったというのに」
今日はいまいち構って貰えていない始皇帝は、やはり少々不満げに頬を膨らませた。