海神と迷子? 4※※ご注意※※
・キャラ崩壊
・春のオリジナル設定祭り
・オリキャラがいる
以上のことを踏まえて、それでも大丈夫という方は、次ページへどうぞ
はた、とハデスは気が付いた。一瞬、自分がどこにいるのか認識できず、代わりに手の中のバイデントを握る手に力を込める。隣に立つロキも同じようで、少しよろめきながらも何とか転ばずに済んだ。自分という意識をしっかり持って目の前の光景と相対すると、微睡みからいきなり覚めるように鮮明に映る。
そこは広大な迷宮の入口だった。ハデスとロキは薄暗く、陰気な迷宮へ続く通路の真ん中に立っていた。自分の意思ではない転移に二柱は「なるほど」と零した。
「まんまと誘い込まれたってことね」
「予想はしていたが、まさかここまで面倒とは……。余の意識に干渉してきたか」
この呪いは開かれると精神だけを取り込み、解呪が完了しない限り、出ることは叶わない。たとえ、それが神であっても、条件は同じようだ。意見を交わし、互いに仕組みを理解すると、そんなことは関係ないとばかりにハデスはロキの先導の下、迷宮へ足を踏み入れた。
ハデスとロキの意識が失われてすぐ、千栄理の胸から這い出した植物の蔓は徐々に全身に広がりつつある。呪いが可視化されたからだ。その蔓共が広がる度に彼女の体をきつく締め上げるので、彼女は苦悶の表情を浮かべ、苦しみと痛みに喘ぐ。その様子に心を痛めつつも、ゼウスは淡々とヘルメスへ指示を出す。
「ヘルメス、持って来た糸があるじゃろ。そいつでハデスとロキをそこら辺に繋いでおけ。手元の邪魔にならんようにな」
「なるほど。それでアリアドネにわざわざ注文した、と」
ゼウスの掛け声と共に意識を失った二柱の二の腕に、ヘルメスは言われた通りに赤い麻糸を巻き付け、屈んでベッドの足に繋いだ。
「……」
ふと、神出鬼没な彼の好奇心が覗く。この糸を自分に繋いだらどうなるのだろう、と。いつも突然現れては彼の心を誘惑するそいつに、ヘルメスはいつも従ってきた。なので、彼は今回も例に漏れず、そいつの言うことに従うことにした。ゼウスからは見えない位置でアスクレピオスへ振り向き、意味ありげな微笑を浮かべて自らの薄い唇へ人差し指を当てる。内密にとでも言いたげな表情だ。
それに気付いたアスクレピオスの目の前で、ヘルメスは目にも留まらぬ速さで糸を自分の二の腕にしっかりと巻き付けた。一瞬で意識を手放すヘルメスの姿に、アスクレピオスは言葉にならず、息を飲み、次いで叫んだ。
「何やってんだ! ヘルメス!」
その声に一瞬、ゼウスの集中が削がれ、扉が揺らぐも彼が再び集中し始めたので、閉じることは無かった。代わりにポセイドンが立ち上がって覗き込む。
「この……雑魚が」
いっそこの場で殺してやろうかと思ったポセイドンだが、倒れているヘルメスの近くに三柱を結んでいる糸がしっかりベッドの足に繋がれているのを見て、もう少しだけ様子を見ることにした。ゼウスはこうなることを予測していたのか、「ま、分かっとった」とだけ呟いた。
その一連の様子を、一匹の蝿がじいっと見つめていた。どこからか入って来たのか、その蝿は千栄理が寝ているベッドの向かい、手摺に止まり、気味の悪い複眼をただ無表情に向けていた。
「へぇ……こういう風になるんだ。あの術って」
蝿を介して神々の動向を観察していたベルゼブブは、気だるげに黒い羽毛でできた大きなクッションに座り、己が施した完璧な術にただ感心していた。ふと、彼がクッションへ背中を預けると、クッションが身動きし、その中から端正な男の顔が覗いて口を利いた。
「重いんだよ、ベル。いい加減、退けって」
「え、嫌だ」
「オレが帰って来る度、椅子にすんじゃねぇよ! いつも言ってんだろっ!」
「ううん……位置が悪いなぁ」
「痛ってぇ! そこ骨だ! 肘でぐりぐりすんなっ!」
「あれ? 痛かった? ごめんね?」
「誠意っていう字、辞書で引いて来いよ」
ベルゼブブは羽毛のクッションではなく、丸まった救破の上に乗っていた。救破の言う通り、彼が基地に帰って来る度にベルゼブブは彼を丸めてクッションにするのがお気に入りだ。そうやってカフェラテか何か飲みながら、映画鑑賞でもしているかのようにモニターを眺める。ベルゼブブに全く退く気が無いと分かった救破は体勢を変え、彼を抱える形になって一緒に画面を観る。ちゃっかり顎を彼の頭に乗せて、手には彼の好きな三色ポップコーンの入ったカップをいつの間にか用意している。それに手を突っ込むベルゼブブに、画面から目を離さず、救破は言った。
「それにしても、本当えげつねぇな。お前の作った術。いくら何でもあそこまでするか? 普通」
「大したことはしてないよ。ただ、あの術にはゴエティアの悪魔達の記録を三分の一織り込んでみただけだし、冥界の神なら、すぐ解けてしまうよ」
「……それを大したこと無いって言う方がどうかしてるわ」
さくさくとポップコーンを食べる彼の言うゴエティアの悪魔達とは、所謂ソロモン王が従えたと言われている72柱の悪魔のことだ。その中の悪魔達の記録を無作為に選び、呪いとして組み込んだ。記録を組み込むとは、仕掛けを作ることと同義で、あの迷宮の中に呪いを解きに来た侵入者を排除する敵や罠として配置されているのだ。しかし、番号も順序も、階級すらばらばらで果たしてちゃんと呪いとして機能するのか、そういう試験的な意味でもベルゼブブにとって、解呪の様子は非常に興味を惹かれる光景だった。
「折角だから、君と同じ悪魔の記録も入れてみたんだよ」
「あいつ、戦闘では何の意味も無ぇのに?」
「う〜ん……綺麗な歌が歌える?」
「お前って時々アホだよな」
「何だい、君。父親に向かって」
「お前を父親と思ったことなんざ、一度も無ぇんだわ」
「だいたい、女装する父親とか、キツい以外に無ぇだろ」と小声で呟かれた救破の声に、気付かない筈も無いベルゼブブはまたわざとらしく肘や踵を骨に押し付け、救破の悲鳴を楽しんでいた。
恐らく呪いの核はこの迷宮の中心だろうと話し合いの末、そう結論付けたハデスとロキの二柱がいざ進もうと武器を持ち直した時だった。突如、背後から眩い光が溢れ、咄嗟に二柱は光に対して距離を取って警戒する。その光の中から現れたのは、二の腕に赤い麻糸を巻いたヘルメスだった。わざとらしく困ったような笑みを浮かべてこちらへ近付いて来る。
「え、なんで来たの? ヘルメスさん」
「またか。我が甥ながら、火遊びが過ぎるぞ。ヘルメス」
「ふふふ。すみません、ハデス様。手違いで来てしまいまして」
「……ふん。そういうことにしておいてやろう。しかし、この糸を繋いだのは誰だ? 随分と結び方が甘いようだが?」
ハデスとロキの二の腕にも同じような糸が巻かれているが、何故か蝶々結びで、何かの弾みで解けてしまってもおかしくない程頼りない。これまたわざとらしくヘルメスは考える振りをして、「さあ? どなたでしょう」と惚けたばかりでなく、「でも、これだけ結び方が甘いと、何が何でも守らなければ、という気になりませんか?」とまで言ってのける。こんな時でも自分の欲に忠実な甥に、ハデスは諦観半分、彼からの挑戦状とも受け取った。この糸が切れたり、解けてしまえば、元の場所へは帰れなくなる。呪いが解けた時にこの世界と共に消滅するだろう。ならば、答えは簡単だ。ヘルメスの言う通りに、死守すればいいだけのこと。
「行くぞ、ロキ、ヘルメス。こんなところでぐずぐずしているのは、時間の無駄だ」
「いいの? ハデスさん」
「この甥は言うことを聞かぬ。諦めろ」
「すみません、ハデス様。私も精一杯サポート致しますから」
悪戯っ子のように笑い、機嫌の良いヘルメスに、先頭を突き進みながらハデスは深い溜息をついた。