海神と恋人 5※※ご注意※※
・キャラ崩壊(特にロキちゃん)
・オリジナル設定が暴風
・ロキ夢ちゃんがいる
以上のことを踏まえて、それでも大丈夫という方は、次ページへどうぞ
殺気に似た威圧感を放つロキに、千栄理の呼吸は浅くなる。背中を脂汗が伝い、固く口を閉ざす彼女に、ロキは貼り付けたような気味の悪い笑みを浮かべて顔を覗き込んでくる。丁度、千栄理のバッグから顔を覗かせたグレムリン達は、ロキの威圧感にすっかり萎縮してしまい、顔を引っ込ませる。
「『お友達』? キミとボクらが? そんな訳無いじゃん? キミは虫と友達になるの? 神にとっての人間って、そんなもんだよ?」
すっと千栄理の耳元へ顔を近付けたロキは、底冷えのする声音で言った。
「お前なんて、いつでも殺せるんだよ」
その気になれば、いつでも殺してやるからな。これ以上無い程に真っ直ぐに殺意を向けてくる彼に千栄理は息を飲み、ぐっと押し黙る。かと思われた。
「……わ、私は、そうは思いません。私達人間が、神様に虫としか思われていないのなら、私とポセイドンさんの関係は何なんですか? 恋人なんて、それこそ有り得ない関係になるんじゃないですか? それに、ロキさんが本当に私を虫としか思っていないなら、私に何か言われたくらいでロキさんが怒る必要無いですし。……瞳ちゃんに対しても同じことを思ってるんですか?」
「そんな訳無いじゃん。瞳とお前を同列に語ることからまず、ナンセンスだから」
「だったら、さっきロキさんが仰ってたことは違うことになりますよね」
「オッシャってたことってなぁにぃ~? 何のことか、分かんな~い」
邪悪な笑みを浮かべておどけてみせるロキに、千栄理は少し寂しそうな顔をして注意する。どうしても、後一歩のところではぐらかされることに疎外感を覚え、彼女はどこか寂しく思っていた。
「ちゃんと聞いてください」
「キミこそちゃんと言いなよ」
「お茶入ったんだけど、今大丈夫か?」
ロキが千栄理に手を上げるのではないかと戦々恐々としながらも、人数分のお茶を淹れたヘイムダルがそろりそろりと話に割って入って来る。そこで一旦千栄理とロキは言い合いを止め、席に座り直した。気まずそうにヘイムダルがお茶の入ったマグカップを配り、テーブルの真ん中に焼き菓子の入った皿を置く。自分もロキの向かいに座ると、「あー……」と意味の無い声を出す。
「まぁ、その、なんだ。ケンカは良くないぞ?」
「ヘイムダルくんにだけは言われたくない〜」
「……どうして、千栄理さんはそう思うのですか?」
珍しく疑問を口にした瞳に、千栄理ははっとしてちら、とロキを一瞥する。言おうか言うまいか逡巡した後、口を開いた。
「私、神様ってもっと怖い存在だと思ってたんです。実際、最初に会った時のポセイドンさんはそうでしたから。でも、ポセイドンさんのところに来て、色んな神様とお会いして、怖いだけじゃない、皆良い神様なんだって分かりました。だから、仲良くしたいって思うのは、当たり前のことだと思うので……」
「……それってさぁ、ボクのことも入ってんの?」
話している途中、ポセイドンのことを思い浮かべたのか、優しい微笑みを浮かべる千栄理に、ロキが神妙な面持ちで尋ねる。その質問に彼女は当然のように「当たり前じゃないですか」と肯定した。
「なんで?」
「私が呪いを受けて帰って来た時、そのまま知らん顔することもできたのに、ロキさんはそうしなかったじゃないですか。それどころか、私を助けてくれました。だから、ロキさんも私にとっては良い神様です」
「べっつに〜。あの時はオジ様に言われてたから協力しただけ。キミのことなんか、どうでも良かったし」
「……それでも、ロキさんは良い神様ですよ」
「キミさ、よくバカって言われない?」
「ポセイドンさんには頑固って言われました」
そこでロキはおもむろに焼き菓子を一つ手に取り、封を開けて千栄理の口に突っ込んだ。突然のことで驚く彼女を尻目に深い溜め息を一つ零して、ロキはぽつりと呟く。
「キミみたいなお人好し、ボクが手を出さなくても死にそうだし、今日はそれで許してあげる。……瞳の次くらいには、たまになら守ってやんなくもないよ」
ぷい、と千栄理から目を逸らすロキを見て、ヘイムダルは相変わらず素直じゃないと少し呆れた。それまで張り詰めていた空気は和らぎ、ヘイムダルの油断を誘う。
「……お前の加護とか、あんま良い御利益無さそうだな」
「は? 何? ケンカ売ってんの?」
またヘイムダルと口論に発展しそうになるロキを、焼き菓子を食べ終えた千栄理が宥める。今度は先程とは違い、珍しくロキは引き下がる。場が少し落ち着いたところでヘイムダルが本題に入る。
「で、お前らを招いたのはな。千栄理に訊きたいことがあったんだよ」
「何でしょう?」
バッグから出てきたグレムリン達に二個目の焼き菓子を小さくちぎって分けている千栄理にヘイムダルはこほんと咳払いをして、少し身を乗り出した。
「さっき言ってたけど、ポセイドン様と恋人同士になったってのは、本当なのか?」
「はい。お付き合いをさせて頂いてます」
「ほぉほぉ…………マジかぁ」
信じられないという様子で天を仰ぐヘイムダルに千栄理の困惑した声とロキの野次が飛ぶ。
「そんなに意外ですか?」
「その話終わったしぃ〜。ヘイムダルくん、情報おっそいよ〜」
「事実確認だって。そっか、そっか。うん、分かったわ。じゃあ、二人の馴れ初めって聞いていいか? 噂によると、千栄理は正規の死者じゃないって聞いたんだけど、そこんとこどうなんだ?」
「そうですね。では、最初から……」
そこから千栄理は簡単にではあるが、ポセイドンとの出会いから今まで起こった出来事を交えて今の関係になるまでの経緯をヘイムダルに話した。ヘイムダルは豊かな表情と態度、次から次へと彼女から上手く話を引き出す質問をしながら、時折、愛しい恋人のことを想って笑顔を浮かべる幸せそうな千栄理に、何だか自分まで嬉しいような気がしていた。彼女の話にお茶を飲みつつ、たまに挟まれるロキの軽口に背を押され、千栄理は案外早く話を終わらせることができた。彼女自身も自分の話ばかりで、同席者達に少々悪いような気がしていたので、ここでもロキには助けられた。
「はぁー……あのお方がねぇ」
感心した色に近い声を出すヘイムダルに、千栄理は苦笑いを零す。ポセイドンの名誉の為、千栄理の呪いが解けてから彼が甘えてきたことは一言も言っていない。それでもこの反応なのだから、あの話をしたら、腰を抜かしてしまうのではないかと千栄理は密かに笑んだ。
「私は皆さんから見たポセイドンさんを知らないので、ヘイムダルさんの仰ることの方があまりピンとこなくて」
「ああ、だよなぁ。そうだな……ポセイドン様と言えば、まず、滅多に笑わない、目が合わない、そこら辺の神は雑魚扱い。正に大海の暴君って感じだな」
「暴君、ですか。それは……確かにそうかもしれませんね」
「ああ、最恐神って言われてるしな……」
千栄理は妙に納得し、ヘイムダルは恐ろしさにぶるりと身震いする。いつか見た、ポセイドンに喧嘩を売った生まれたばかりの神が目も合わされること無く、一撃で存在を抹消された現場を思い浮かべて涙目になるヘイムダルに対し、千栄理は「余のものをどう扱おうが、余の勝手だろう」と言われた時のことを思い浮かべた。あの頃の物扱いに比べたら、だいぶ出世したものだと彼女は感慨深く頷く。
両者の真逆の反応に瞳と焼き菓子を分け合っていたロキは「こいつら、それぞれ絶対違うこと考えてるな」と胸中で思ったが、それを口にする程、彼は野暮ではなかった。