海神と恋人 8「で、ほんとのところどうなのよ。ポセイドン様って恋人としてどうなの?
千栄理」
「様付けはいらない」と
千栄理が言うと、フレックは「では、お言葉に甘えて」と言うようにこうしたことを訊いてきた。丁度
千栄理は紅茶を飲もうとカップに口を付け、傾けようとしたところだったので、吹き出すことは回避できた。が、フレックの質問に少し驚き、ぱちくりと数回瞬きする。
「どう……とは?」
「あんたのこと、大切にしてくれてるの? ってこと! あの神って顔は良いけど、愛想ゼロだし、誰でも『雑魚』呼ばわりじゃない。あんた大丈夫? ひどいことされてたりしない?」
会って間もない自分を心配してくれてるのだと分かると、
千栄理は温かい気持ちになり、自然と笑みが溢れた。
「大丈夫ですよ。ポセイドンさんは私に対して、とても優しくしてくれてます」
「優しい」という単語に三人は顔を見合わせる。ブリュンヒルデは理解不能という顔、フレックは疑いの目をゲルに向け、青ざめたゲルがぶんぶんっと勢いよく首を振った。そして、ほぼ同時に想像ができないという顔をして、
千栄理に具体的にどういった様子なのか、三人は訊く。三者三様の様子にやはり彼は他人から見ると、恐怖の対象でしかないのかと少し苦笑いを浮かべて、
千栄理は普段のポセイドンがどういった神なのか、グレムリン達に茶菓子のクッキーを割って与えながら話し始めた。
千栄理にとってポセイドンはどういう存在なのか、改めて考えてみると、非常に複雑だ。初めは話すのが苦手な神だと思っていたが、彼のことを知っていく中でその認識は少し違うのだと分かる。彼は話すのが苦手なのではなくて、初めから他者と言葉を交わす気が無いのだ。自分が認めた者にしか興味を示さず、歩み寄ろうともしない。王者の資質があると言えば、聞こえは良いが、その資質のお陰で
千栄理も苦労させられたことが多々ある。しかし、彼はそう悪いところばかりでもない。その内の一つ、彼は神故に絶対に嘘をつかない。自分が不快に思えば、視線と短い言葉で示すし、逆に好感を持てば、微かに微笑み、時には触れてもくる。彼の言葉は非常に簡素だが、その全てが彼の真実だ。元々口が非常に重いので、余計なことを言いたくないのだろうとも思うが、
千栄理にとっては一人ぼっちの天界で最も信頼できる神。それがポセイドンという恋人だった。
言葉を選びつつ、そう結論づけて話を終わらせると、戦乙女達は皆一様にぽかんと口を半開きにして呆けた顔をしていた。その顔を見ると、自分は何か変なことを言ってしまったのかと
千栄理は少々不安そうにお茶会の面々を見回す。その中で額に手を当て、少し俯いたフレックが呆れたように呟いた。
「心配してまさか、惚気られるとは思わなかったわ。あんた・・・・・・ポセイドン様のこと、すっごく好きなのねぇ」
「え、ごめんなさい。惚気て、ましたか?」
「ええ、思いっきり」
「う~ん・・・・・・ボクは未だに信じられないっす。あのポセイドン様がそんな・・・・・・あっ、気を悪くしちゃったなら、ごめんなさいっす。
千栄理」
「ううん。やっぱりそうなんだって思っただけだから、大丈夫だよ。ゲルちゃん」
「ゲルちゃん」という親しみの込められた響きにゲル本人は照れ臭そうだが、嬉しさを隠さず、「えへへ」と笑った。互いに歳も背格好も似ているせいか、ゲルも
千栄理も互いに親近感を持っているようだった。そんな二人の様子をブリュンヒルデとフレックは微笑ましく見守っている。それからの時間は恋愛繋がりで三女のスルーズの話になったり、フレックが振った話題で最近流行っている服やコスメの話に花を咲かせた。その延長でゼウスから貰ったドレッサーの中に使い切れない程の化粧品があると
千栄理が言うと、透かさずフレックが食いつき、少し分けて欲しいということで、今度フレックの家に招かれることとなった。
「フレックの家までは私がお送りしましょう。
千栄理には一度ここまで来て頂き、ここからフレックの家へ転送いたしますわ」
「転送? 人も転送できるんですか?」
「ええ。天界では最新のテクノロジーだけではなく、魔法も存在しますから。と言っても、魔法と言うよりは神通力と言った方が相応しいかもしれませんが」
「じゃあ、今度フレックちゃんのお家に行く時に見られるんですね。楽しみにしてます!」
『転送』と聞いて色々な想像をする
千栄理にブリュンヒルデが微笑んだところで、周りの景色がすっかり夕焼け色に染まっていることに気が付いた。女子が四人集まってお茶をしているだけで、時間が経つのはあっという間だった。
「あら、もうこんな時間・・・・・・大丈夫ですか?
千栄理」
「え? あ、もう夕方・・・・・・そろそろ帰らなくちゃいけませんね。ポセイドンさんに怒られちゃいます」
「ええっ!? だ、大丈夫なんすかぁ!?」
「あんたのその驚き方だと怒られるっていうより、殺されるみたいね」
「・・・・・・だ、大丈夫ですよ。殺されはしないと思います!」
「長らく引き留めてしまって申し訳ありません。
千栄理、お茶菓子を包みますから少々お待ち頂けないでしょうか?」
「え、そんなわざわざ・・・・・・」
「引き留めてしまったお詫びですから」
「あ、そういうことなら、ありがとうございます」
千栄理が待っていると、可愛らしいラッピングのセットを持ってきたゲルがお茶菓子を全種類少しずつ袋に入れてくれた。それを受け取った
千栄理はグレムリン達と一緒にリュックの中に大事にしまう。リュックを背負うと、三人の戦乙女にぺこりとお辞儀をした。
「では、今日はこれで失礼します。ヒルデさん、今日はとっても楽しかったです。また誘ってくださいね」
「ええ。今度は時間を気にせず、楽しみましょう。
千栄理。ゲル、送って差し上げなさい」
「もちろんっす!
千栄理、山道は危ないっすから、山を下りるまでお供するっすよ」
「ありがとう、ゲルちゃん」
「では、道中お気を付けてお帰りくださいませ」
「ありがとうございます。お邪魔しました」
「また遊びに来なさいね」
もう一度深々と頭を下げる
千栄理にフレックも笑顔でそう言うと、それに笑みを返して
千栄理とゲルはブリュンヒルデの部屋を後にする。残されたフレックはちらりと姉の顔を覗き見た。
「ブリュ姉、大丈夫?」
「・・・・・・何がですか、フレック」
「
千栄理のことよ。ああいう子には辛いんじゃないかしら。今度の計画」
「・・・・・・それでも、私達はやり遂げねばなりません。
神対人類最終闘争を」
決意に満ちた横顔を見つめ、フレックは複雑そうな顔を浮かべて「そうよね」とだけ零した。彼女の顔に陰が落ちたのを見て、ブリュンヒルデは安心させるように彼女を慈愛に満ちた目で見つめる。
「だから、あなたやゲルには
千栄理と仲良くして欲しいのです。いつかその時が来たら、あの子を少しでも支えられるように。きっと、
千栄理は争いを好まない性格ですし、一番辛いでしょうから」
ブリュンヒルデも彼女のことを何も考えていない訳ではない。むしろ、考えているからこそ、フレックやゲルに託して、自分は悪役になるつもりなのだろうと意図を汲み、フレックは頷いた。