海神と恋人 48※※ご注意※※
・キャラ崩壊
・世界観捏造
・オリキャラが出張る
それでも大丈夫という方は、次ページへどうぞ
その少年はにこにこと人の良さそうな笑みを浮かべて、千栄理に花束を渡したいのだと言って入ってきた。白くふわふわした短髪に金の瞳、すらりとした手足。好奇心の強そうな表情に子供らしさを見出した千栄理は、にこりと微笑んで迎え入れた。
「どうぞ」
「ありがとうございます、女神様」
少年の父親だろうか、一緒にいた男も入ってきて二人は丁寧な礼をする。千栄理も同じように礼を返し、近くのソファへ促したが、少年に「すぐに済むので、大丈夫です」と断られた。付き添いの男性曰く、「女神様に花を渡したい」そうで、確かに少年の手には花屋で包んで貰ったであろう小さな花束があった。
「はい、女神様。こういうのって『お近づきの印に』って言うんでしょう?」
「ふふ。そうだね、ありがとう」
花束を受け取ると、独特のハーブのような強い香りを放っている。花の見た目も小さな黄色い菊のようで可愛らしいが、ちょっと変わった花だなと彼女は思った。そこには言及せずに「わぁ、可愛い」と彼女が褒めると、少年は意味ありげに笑いを零して言った。
「そうでしょう? 可愛らしい見た目なのにその花には強い毒性があるんですよ。……あなたと同じですね」
「……え?」
ふ、と少年の口元から笑みが消える。様子が変わった少年を不審に思った千栄理と男は、それぞれ少年から一歩距離を取った。みるみるうちに彼の姿が変わり、背中から小さな羽根が生え、足は黒ずんで車輪が現れる。頭に天使の輪を冠したその姿に男は恐ろしくなったのか、腰を抜かしてしまった。
「天使……?」
にこりとまた浮かべる柔和な笑みだけは変わらず、千栄理に近付いた悪魔ベリアルはそのままにやりと意地の悪い笑みに豹変して言った。
「ざ~んねんっ! こんな形してますが、僕はお前達人間が言うところの悪魔ですよ。ふふふふっ。でも、そうですねぇ。千栄理、はっきり言ってお前の存在には神々は迷惑しているんです。特に医療を司る神々なんかはその筆頭ですよ。お前が勝手に人間達の国に降りてきて、勝手に怪我や病気を治しているんですから」
「そ、それは……」
実際はベリアルの言うことも当たらずとも遠からずの現状だった。この人間達の国では確かに下界と同じように怪我人や病人も数多くいる。しかし、それは元を正せば神々の力が及んでいない現代的な思考がそうさせていた。神通力では治らないと人間達が思い込んでいるから神々の治癒が間に合っていないのだ。神の力とは信仰心があって初めて力が発揮される。古代からの宗教が打ち捨てられ、今千栄理が神として崇められている状況では人々の信仰心は彼女に集まり、本来の神々には捧げられていない。これも、ポセイドンの力が強い故に並の神は口出しできない、というのが正確な現状だが、ベリアルは得意の弁舌で千栄理が神の許し無く、勝手なことをしていると偽証したのだった。
ベリアルのわざとらしい大声に誘われるようにして、次第に中央区の入り口には人が集まってきた。それを良いことに彼はさも千栄理が大罪人かのように喚き立てる。
「良いですかぁ? 皆さん! この女はある日突然、やって来て皆さんに良い顔をしつつ、病や怪我を治したっていうのに、『自分は神じゃない』なんて言い張って罪を逃れようとしているんです! この女は身分を偽り、勝手なことをしている大罪人ですよっ! 神の仕事を横取りし、侮辱しているのですっ!」
「そんな……私、そんなつもりじゃ……」
いつもの白い軍服のような恰好に戻っていたベリアルは、その胸ポケットからいつの間にか取り出したのか、手の平サイズの端末を千栄理に向けて翳し、その映像と彼の声明は国全土に広がる。人間達全員が見ているであろう映像の中で、彼は千栄理を指し示し、宣言した。
「よって僕は神に仕える悪魔ベリアルとして、この女をヴァルハラ刑法第243条、神偽計業務妨害罪の被告として告訴します!」
「さあ! この女を裁判場へ引っ立てろ!」と下されたベリアルの命令に千栄理を初め、誰もが驚いた。
「なるほどね。裁判で彼女の神性を証明する、か」
時は遡って、彼女が初めて人間達の国へ足を踏み入れた時。彼女の存在を人間達に知らしめたベリアルはベルゼブブの研究室に戻ってくると、今後の計画を話して聞かせた。今後のことも含めて報告しておくという意味もあり、この場にはアダマンティンとハデスも同席していた。渡された資料に目を通していたベルゼブブが目線を少しだけ上げて、皆の前で自信満々にプレゼンしていたベリアルを見る。
「ハデス様が前に仰っていたでしょう? 人間が神になるには条件があるって。僕はその条件をクリアする為のお手伝いをしてあげてるんですよ」
「ふむ……確かにそうだな。厳しいところだが、条件は満たされる」
ベリアルの言う神になる条件というのは、神格成立条件という三つの条件から成立するものだ。それは以下の通り。
1.神または英雄に等しい偉業を成すこと
2.神の力に耐えうる肉体・精神の持ち主であること
3.何らかの魔力・力によって下界またはそれに相当する世界に多大な影響を及ぼすこと
この三つの条件が揃わないと、ゼウスは人間から神になるよう勧めない、ということだ。この条件が確立されたのはヘラクレスが半神半人となった時で、今後同じようなことが下界で起こった場合に備えてゼウスが定めたものだ。この条件に合致するよう今までベルゼブブを筆頭に千栄理に試練を与えてきた悪魔達だが、この裁判騒動でゼウスへ本格的に訴える為、神格成立条件の他に彼女が神足りうる存在として証明する必要があると判断したのだった。
それが神性の証明裁判という訳である。ベリアルの筋書きとしては今のところ順調のようだ。
「人間達の国で千栄理の神としての名前を売り、治癒の力を見せ付けたことで第一の条件はクリアしました」
「日々、ポセイドンと共に同じ内容の食事をしていることから第二の条件も突破しているな」
「そして、第三の条件だけど、これは第一の条件と同じだと思われがちだけど、アポロンさんのように他人に知られない偉業を成し遂げても神としては認められない。それを世界が知って初めて神として第三の条件を満たせる、ってことだね」
「アポロンの場合、彼奴は神の血筋故にあそこまでの者になり得たが、千栄理は人間だ。この裁判が上手く行ったとして、半神半人止まりだろう」
天界での半神半人の扱いを思うと、ハデスは少々難色を示したが、ただの人間でいるよりは遙かに危険性は少なくなる。多少の差別は受けるが、自分の親族として守りやすくなるだろうことは彼も重々承知していた。アムピトリテの時と同じことを繰り返さないように、という思いもあって事は慎重に運びたいとも考えている。しかし、そんな慎重なやり方に異を唱える神もいた。
「だったらよぉ、兄者。んな回りくどいことするより兄者がゼウスに言ってやりゃあ良いんじゃねぇのか? 千栄理を神にしろってな」
こういう時こそ親族の繋がりを使えばいいと言うアダマンティンだが、ハデスは首を振って否定する。そんな強引なことをすれば、千栄理はもちろん、ただでさえ孤立しているポセイドンの立場も更に危うくなる。もし、そういったやり方で千栄理が神になったとして、彼女の身に何かあった時や彼女の立場で何かしらの問題が発生した場合、ポセイドンの兄弟である自分が庇えなくなる可能性が出てくる。それだけは何としても回避しなければならないのだ。なるべく穏便に波風を立てずに彼女を神にする。本来、人間が神になるにはそのくらいの慎重さが必要なのだ。その為には何としても神性裁判を成功させなければならない。
「ベリアル、事は慎重且つ確実に運べ。お前の計画が成功しなければ、千栄理の立場が危うくなる。最悪、裁判で神性が証明できなかった場合、千栄理の神としての権威は失墜するものと思え」
「その時はたとえ、お前でも容赦はしない」と威圧するハデスに内心冷や汗を流しながらも、ベリアルは「お任せを、ハデス様」と跪くのだった。